昭和20年という終戦の年の今で言うバレンタインデーに元首相近衛文麿が昭和天皇に上奏したいわゆる「近衛上奏文」です。
私が初めて読んだ時すごくショックでした。
これをきっかけに「太平洋戦争」が「大東亜戦争」に私の中で変わっていったのです。この内容が多くの人に触れられるように現代語にしてみました。細かい間違いはあるかもしれませんが、要旨は間違っていないと思います。
近衛文麿公の昭和天皇への上奏文
昭和20年2月14日
木戸幸一内大臣が侍立(後に近衛文麿や真崎甚三郎のグループの人が逮捕されている)
敗戦は残念ながら、最早必至であると考えます。以下この前提の下に申し述べます。敗戦は我が国の国体(国柄、国のあり方)破壊につながる可能性があるものの、イギリスやアメリカの世論は今日までのところ、(日本の)国体の変革(を求める)とまでは進んではいません(もちろん一部には過激論もあり、また将来どのように変化するかを予測することは困難です)。従って、敗戦だけならば、国体上はそうまで心配する必要はないと考えます。国体を守るという建前より、最も危惧すべき事は、敗戦よりも敗戦に伴って起こりうる共産主義革命であります。
よくよく考えてみると、我が国の内外の情勢は、今や共産主義革命に向かって、急速に進行しつつあると考えています。即ち国外においてはソ連の異常な進出です。我が国民はソ連の意図を的確に把握しておりません。あの1935年の人民戦線戦術、即ち二段(階)革命戦術(ブルジョワ革命の後プロレタリア革命を起こす)の採用以来、ことに最近「コミンテルン」解散以来、赤化の危険を軽視する傾向が顕著です。しかし、これは表面的かつ容易な見方であると思います。ソ連が究極において、世界赤化政策を捨てていないのは、最近のヨーロッパ諸国に対する露骨な策謀により明瞭となりつつある次第です。
ソ連はヨーロッパにおいて、その周辺諸国には「ソヴィエト」的政権を樹立しようとし、着々とその工作を進め、現に大部分成功を見つつある現状であります。
ユーゴのチトー政権は、最も典型的で具体的な表現であります。ポーランドに対しては、あらかじめソ連内に準備していたポーランド出国者連盟を中心に、新政権を樹立し、在イギリス亡命政権を問題とせずに押し切りました。ルーマニア、ブルガリア、フィンランドに対する休戦条件を見ると、内政不干渉の原則に立ちつつも、ヒトラー支持団体の解散を要求し、実際上「ソヴィエト」政権でなければ、どうすることもできないようになっています。
イランに対しては、石油利権の要求に応じないという理由によって、内閣総辞職を要求しました。スウェーデンがソ連との国交開始を提議した事に対して、ソ連はスウェーデン政府に対して、親枢軸的であると一蹴し、この理由で外相の辞職が余儀なくなりました。
英米に占領されているフランス、ベルギー、オランダにおいては、対ドイツ戦に利用した武装蜂起団と政府との間で深刻なる闘争を続けられ、かつこれらの諸国はいずれも政治的危機に見舞われつつあります。そうしてこれらの武装団を指揮しているのは、主として共産系(の人達)であります。これは英米にとり、今日の頭痛の種となっていると思われます。
ソ連はこの通りヨーロッパ諸国に対し、表面上は内政不干渉の立場を取っていますが、事実においては、極度の内政干渉を行い、国内政治を親「ソ」的方向に引きずりこもうとしています。
ソ連のこの意図は、東アジアに対してもまた同様で、現に延安(中国共産党の本拠地)にはモスクワから来た野坂参三を中心に日本解放連盟が組織され、朝鮮独立同盟、朝鮮義勇団、台湾先鋒隊と連絡し、日本に呼びかけていました。
このように形勢から推測すると、ソ連はやがて日本の内政に干渉するようになる危険性が十分にあると考えられます(即ち共産党が公認した「ドゴール」政府、「パドリオ」政府に要求したように、共産主義者の入閣、治安維持法及び防共協定の廃止など)。
翻って国内を見ると、共産革命達成のあらゆる条件、日々具備されていく様子が見られています。即ち生活の窮乏、労働者の発言の増大、英米に対する敵愾心昂揚の反面たる親「ソ」気分、軍部内一部の革新運動、これに便乗するいわゆる新官僚の運動及びこれを背後より操りつつある左翼分子の暗躍などであります。これらの内、特に憂慮すべきは軍部内一味の(事実上国家社会主義を目指した)革新運動であります。
少壮軍人の多数が我が国体と共産主義は両立するものであると信じているように、軍部内革新論の基調もまた、ここにあると思われます。職業軍人の大部分は、中流以下の家庭出身者であり、その多くは共産的主張を受け入れやすい境遇にあります。また彼らは軍隊教育において国体観念だけは徹底的に叩き込まれているために、共産分子は国体と共産主義の両立をもって、彼らを引きずり込もうとしつつあります。そもそも満州事変を起こし、これを拡大して、遂に大東亜戦争にまで導いてきたことは、軍部内の意識的計画であったことは、今や明瞭であると思われます。支那事変当時も「事変が長引くのがよく、事変解決したら国内革新ができなくなる」と公言したのは、この一味の中心であり、これら軍部の革新論者の狙いは、必ずしも共産革命でないとしても、これを取り巻く一部官僚および民間有志(これを右翼というも良いし、左翼というも良い、右翼は国体の衣を着けた共産主義者です)は、意識的に共産革命まで引きずろうという意図を包蔵しています。無知単純である軍人がこれらの人達に踊らされていたと見て、大きな間違いはないと思います。このことは過去十年間、軍部、官僚、右翼、左翼の多方面にわたって交遊をしていた私が、最近静かに反省して到達した結論であります。この結論の鏡にかけて、過去十年間の動きを照らして見た時、そこに思い当たる節々が非常に多いと感じるのであります。私はこの間、三度まで(総理大臣の)大命を拝したが、国内の相克摩擦を避けようとしたため、できうるだけこれら革新論者の主張を入れて、挙国一体の実を挙げようと焦慮した結果、彼らの主張の背後に潜んでいた意図を十分に看取することができなかったことは、全く不明のいたすところで、何とも申し訳なく、深く責任を感じる次第であります。
昨今、戦局の危急を告げたとともに、一億玉砕を叫ぶ声、次第に勢いを増しつつあると考えています。このような主張をしている者は、いわゆる右翼者流であっても、背後よりこれを煽動しつつあるのは、これは例によって国内を混乱に陥れ、遂に革命の目的を達しようとする共産主義分子であるとにらんでいます。一方においては、徹底的に米英撃滅を唱える反面、親「ソ」的空気は次第に濃厚になりつつあるようにあります。軍部の一部は、いかなる犠牲を払ってもソ連と手を握るべしとさえ論じている者がいました。また延安(中国共産党)との提携を考えているものもあったとの事であります。以上のように国の内外を通じ、共産革命に進むべきあらゆる好条件が日一日と成長しつつあり、今後戦局益々不利ともなれば、形勢は急速に進展するでありましょう。
戦局の前途につき、何ら一縷でも打開の望みありというならば別ですが、敗戦は必至の前提の下に、論じてみても勝利の見込みはありません。戦争をこれ以上継続するのは、全く共産党の手に乗るものと思われます。従って国体護持の立場より見れば、一日も速やかに戦争終結を講ずべきものであると確信いたしました。
戦争終結に対する最大の障害は、満州事変以来今日の事態まで時局を推進してきた、軍部内のそれら一味の存在であると考えています。彼らは既に戦争遂行の自信を失っていますが、今までの面目上あくまでも抵抗するであろうと思われます。もし、この一味を一掃せずに早急に戦争終結の手を打とうとした場合、右翼左翼の民間有志がこの一味と対応して国内に一大波乱を惹起し、企図した目的の達成が困難になる恐れがあります。従って戦争を終結しようとすれば、まずその前提としてこの一味の一掃が肝要であります。この一味さえ一掃すれば便乗の官僚、並びに右翼左翼の民間分子も影を潜むようになるでしょう。確かに、彼らは未だ大なる勢力を結成しておらず、軍部を利用して野望を達成する以外方法がないため、その本を断てば、枝葉は自ら枯れるものと思います。
なおこれは希望的観測かもしれませんが、もしこれら一味が一掃せられる時は、軍部の相貌は一変し、米英及び重慶(国民党)の空気が、あるいは緩和するのではないでしょうか。元来米英及び重慶(国民党)の目標は「日本軍閥の打倒にあり」と言っているので、軍部の性格が変わりその政策が改められれば、彼らとしても戦争の継続について考慮するようになるのではないかと思われます。
それはともかくとして、この一味を一掃し軍部の立て直しを実行する事は、共産革命より日本を救う前提、先決条件であるとすれば、非常のご勇断をこそ(天皇陛下に)お願いしたいと思います。
以上
中川八洋氏は「近衛文麿こそ共産主義者であり、大東亜戦争を起こした最大の黒幕である」と主張しています。この上奏に加わったグループの人達の中の認識では近衛文麿は理知的であるがいろいろな人の影響を受けやすい優柔不断な人、そして「革新(共産主義もしくは国家社会主義)からの転向者」となっています。
しかし、近衛文麿が首相として行ったことは、支那事変時にすぐに軍に予算を付けたり、三国同盟を結んだり、国民党政府との交渉を拒絶したり、南インドシナへの進駐を進めたりと、やっていることはあくまでも戦争を継続し拡大するという動きです。しかも近衛文麿は絶妙なタイミングで首相を辞め、東条英機らにその責任の多くをなすり付けています。もし近衛文麿が確信犯的に大東亜戦争を起こしたのであれば、スターリン並の謀略家ということになります。もしそうでも真実を知っていたのは第一次内閣時の書記官長の風見章(共産主義者)と内大臣の木戸幸一(京都大学時代からの共産主義仲間)ぐらいかもしれません。多くの共産主義者も知らなかったかもしれません。味方をも騙す天才謀略家だったのでしょうか。
この説が正しいとなると、近衛上奏文は大事な部分が欠けていることになります。つまり、「共産主義者による敗戦革命を目論んでいた最大の黒幕は、この私近衛文麿である」という部分です。共産主義者による敗戦革命謀略を暴露し、その責任を自らは逃れ、陸軍の統制派に押し付けるという絶妙な上奏文になっています。敗戦後責任者を別に押し付け、自分が敗戦革命を最後まで完遂するつもりだったのでしょうか。今となってはなかなか証明が難しい問題です。
近衛文麿の家に掲げられた「黙」と言う字は死んでもこの謀略を黙っているという意味だったとしたら、亡くなった300万人の人達はどう思うのでしょうか。
2013年8月15日木曜日
2013年7月25日木曜日
共産主義者の罪
共産主義者の罪を断罪したいと考えています。
「プロレタリアートが私腹を肥やす金持ちを殺し、皆が平等で貧困もなく、資本家から搾取されることもなく、なるべく最低限の労働である程度の生活を保ち、家族よりも個人が尊重される世界を作る」ことが共産主義者の目標です。
ソ連は崩壊し既に共産主義は諦めています。
中国は既に共産主義を標榜していたのに、敵対していた資本主義を取り入れ、帝国主義でチベットやウイグルを植民地化しています。
北朝鮮が最後まで共産主義として頑張っています。
この共産主義社会の悲惨な現状を見ようとせず、未だに共産主義に憧れを持っている人達が日本国内にも大勢います。
共産主義者は、人を心ある存在として、見ていません。
自分以外の人は物のように扱います。
自分の理想を実現するためには、自分以外の人をいくら殺そうが気にしません。
ソ連、中国、北朝鮮でどれだけの人が殺されたのでしょうか?
最近、第二次世界大戦もスターリンや毛沢東などの共産主義者の謀略により、資本主義国同士で戦わさせ、世界共産主義革命を目指していた事が明らかになってきています。
共産主義者がその正体を隠し、政府高官に影響力を及ぼし、わなにはめるように戦争を起こさせ、非共産主義者が求めてもいない「共産主義の理想の世界」のために、多くの人達が命を落とし、人生を台無しにさせられました。
共産主義者達の悪い事は、本人は正しい事をやっていると信じている事である。
共産主義の理想の社会を作るためには、法律を守らなくても、家族や友人を裏切っても構わないそうです。
だから、人がいくら死んでも何の良心の呵責を感じないそうです。
アメリカでは、ハリー・ホワイト等の多くの隠れ共産主義者が謀略活動をしていたことが明らかになっています。
日本では、尾崎秀実やリヒァルト・ゾルゲが隠れ共産主義者として謀略に携わり、陸軍の統制派軍人や青年将校、官僚等にも多くの隠れ共産主義者が紛れ込んでいた事も明らかになっています。
北朝鮮のような国を作る理想のために、なぜあれほどの多くの非共産主義者の国民が死ななければならなかったのでしょうか?
共産主義者が自分の理想のために、自分が戦って死ぬのならまだわかります。
共産主義者は「共産主義の共の字」もまったくおくびにも出さず、詐欺のように非共産主義者を騙し、完全犯罪のように証拠を極力残さず、謀略を働き、非共産主義者がなぜ自分がこんな目にあっているのかもわからないような状態で死んでいったのです。
今も隠れ共産主義者は日本に多くいます。
新聞社やテレビ局、大学や小中高の教員として、図書館の司書として、なぜか日本の言論界を支配しています。
今は「戦争も原発も国境も人権侵害も貧富の差がない理想の社会」を追い求めているようです。
人間がゲーム上のキャラクターならそのような社会が可能かもしれません。
しかし、人はそれぞれいろいろな考えを持ち、それぞれの欲があり、人間は社会の歯車として経済活動をしながら生きています。
戦争はしてはいけませんが、攻撃してくる国に対しては守らざるを得ません。
原発もないにこしたことはありませんが、現実的な計画の基に減らし代替エネルギーとしてメタンハイドレート等の新しい資源開発をするしかありません。
その地域の事情やそこに住む人の民族性やモラル感や価値観、知識によって、国という社会システムは必要です。
人間は個々にバラバラに勝手に生活する事はできません。
全員の人権が完全に守られる事はありません。
なぜならある人の人権と他の人の人権で衝突する事が多くあるからです。
タバコを吸いたい人と吸って欲しくない人との人権の衝突等です。
犯罪者と被害者の人権も衝突します。
経済は資本を持つ人の資本を元手に社会に役に立つ事業を行う経営者がいて、その事業に携わる被雇用者がいて成り立ちます。
誰もが資本家にも経営者にも被雇用者にもなりえます。
現在は個人商店で利益を確保する事が難しくなっており、大規模の資本を最高に効率的に事業を行ってやっと利益を得る事ができます。
そうなると、もう共産主義的な経済は不可能だと言えます。
経済的にある程度の富を上げて、その一部を税金として集め、社会保障という形で富んでいる人から貧しい人にお金を再分配するのが、一番貧富の差が減る方法だと考えます。
今の隠れ共産主義者の人達に、過去の共産主義者がどんな酷い事をしてきたか、きちんと認識し、自分がこれからやろうとしていることについて考えてもらいたいです。
「プロレタリアートが私腹を肥やす金持ちを殺し、皆が平等で貧困もなく、資本家から搾取されることもなく、なるべく最低限の労働である程度の生活を保ち、家族よりも個人が尊重される世界を作る」ことが共産主義者の目標です。
ソ連は崩壊し既に共産主義は諦めています。
中国は既に共産主義を標榜していたのに、敵対していた資本主義を取り入れ、帝国主義でチベットやウイグルを植民地化しています。
北朝鮮が最後まで共産主義として頑張っています。
この共産主義社会の悲惨な現状を見ようとせず、未だに共産主義に憧れを持っている人達が日本国内にも大勢います。
共産主義者は、人を心ある存在として、見ていません。
自分以外の人は物のように扱います。
自分の理想を実現するためには、自分以外の人をいくら殺そうが気にしません。
ソ連、中国、北朝鮮でどれだけの人が殺されたのでしょうか?
最近、第二次世界大戦もスターリンや毛沢東などの共産主義者の謀略により、資本主義国同士で戦わさせ、世界共産主義革命を目指していた事が明らかになってきています。
共産主義者がその正体を隠し、政府高官に影響力を及ぼし、わなにはめるように戦争を起こさせ、非共産主義者が求めてもいない「共産主義の理想の世界」のために、多くの人達が命を落とし、人生を台無しにさせられました。
共産主義者達の悪い事は、本人は正しい事をやっていると信じている事である。
共産主義の理想の社会を作るためには、法律を守らなくても、家族や友人を裏切っても構わないそうです。
だから、人がいくら死んでも何の良心の呵責を感じないそうです。
アメリカでは、ハリー・ホワイト等の多くの隠れ共産主義者が謀略活動をしていたことが明らかになっています。
日本では、尾崎秀実やリヒァルト・ゾルゲが隠れ共産主義者として謀略に携わり、陸軍の統制派軍人や青年将校、官僚等にも多くの隠れ共産主義者が紛れ込んでいた事も明らかになっています。
北朝鮮のような国を作る理想のために、なぜあれほどの多くの非共産主義者の国民が死ななければならなかったのでしょうか?
共産主義者が自分の理想のために、自分が戦って死ぬのならまだわかります。
共産主義者は「共産主義の共の字」もまったくおくびにも出さず、詐欺のように非共産主義者を騙し、完全犯罪のように証拠を極力残さず、謀略を働き、非共産主義者がなぜ自分がこんな目にあっているのかもわからないような状態で死んでいったのです。
今も隠れ共産主義者は日本に多くいます。
新聞社やテレビ局、大学や小中高の教員として、図書館の司書として、なぜか日本の言論界を支配しています。
今は「戦争も原発も国境も人権侵害も貧富の差がない理想の社会」を追い求めているようです。
人間がゲーム上のキャラクターならそのような社会が可能かもしれません。
しかし、人はそれぞれいろいろな考えを持ち、それぞれの欲があり、人間は社会の歯車として経済活動をしながら生きています。
戦争はしてはいけませんが、攻撃してくる国に対しては守らざるを得ません。
原発もないにこしたことはありませんが、現実的な計画の基に減らし代替エネルギーとしてメタンハイドレート等の新しい資源開発をするしかありません。
その地域の事情やそこに住む人の民族性やモラル感や価値観、知識によって、国という社会システムは必要です。
人間は個々にバラバラに勝手に生活する事はできません。
全員の人権が完全に守られる事はありません。
なぜならある人の人権と他の人の人権で衝突する事が多くあるからです。
タバコを吸いたい人と吸って欲しくない人との人権の衝突等です。
犯罪者と被害者の人権も衝突します。
経済は資本を持つ人の資本を元手に社会に役に立つ事業を行う経営者がいて、その事業に携わる被雇用者がいて成り立ちます。
誰もが資本家にも経営者にも被雇用者にもなりえます。
現在は個人商店で利益を確保する事が難しくなっており、大規模の資本を最高に効率的に事業を行ってやっと利益を得る事ができます。
そうなると、もう共産主義的な経済は不可能だと言えます。
経済的にある程度の富を上げて、その一部を税金として集め、社会保障という形で富んでいる人から貧しい人にお金を再分配するのが、一番貧富の差が減る方法だと考えます。
今の隠れ共産主義者の人達に、過去の共産主義者がどんな酷い事をしてきたか、きちんと認識し、自分がこれからやろうとしていることについて考えてもらいたいです。
2013年7月21日日曜日
今日真崎甚三郎大将の自宅跡地近くで報告をしました。
今日の参議院選挙の結果にもよりますが、戦前から続いていた共産主義勢力による支配に終止符が打たれるかもしれません。
決して絶対数は多くないのにも関わらず、政治家、メディア、大学の研究者、図書館、学校を共産主義者の影響下のおかれてしまったため、共産主義でもなく、保守主義でもない、中途半端な国のまま続いていました。
戦前から真崎甚三郎大将が危惧していた通りになっています。
多摩霊園にお墓参りできると本当は良いのですが、代わりに真崎甚三郎大将の自宅跡地近くに行き、祈りを捧げ、今の日本の状況を報告しました。
国会から共産主義勢力を排除し、次はメディア、大学の研究者です。
真崎大将の遺志を引き継ぎ、地道に戦っていきたいと思います。
ちなみに近くの図書館で真崎甚三郎大将関係の本を検索しましたが、やはり蔵書は一冊もありませんでした。
保守論客の良い本を大量に購入希望していきたいと思います。
決して絶対数は多くないのにも関わらず、政治家、メディア、大学の研究者、図書館、学校を共産主義者の影響下のおかれてしまったため、共産主義でもなく、保守主義でもない、中途半端な国のまま続いていました。
戦前から真崎甚三郎大将が危惧していた通りになっています。
多摩霊園にお墓参りできると本当は良いのですが、代わりに真崎甚三郎大将の自宅跡地近くに行き、祈りを捧げ、今の日本の状況を報告しました。
国会から共産主義勢力を排除し、次はメディア、大学の研究者です。
真崎大将の遺志を引き継ぎ、地道に戦っていきたいと思います。
ちなみに近くの図書館で真崎甚三郎大将関係の本を検索しましたが、やはり蔵書は一冊もありませんでした。
保守論客の良い本を大量に購入希望していきたいと思います。
2013年7月19日金曜日
日本人として恥ずかしい・・・
PHP総研が主催した「2013参議院選挙の争点を考える」のパネルディスカッションの中での質疑です。
35分のところから朝日新聞の原真人編集委員が質問し、早稲田大学政治経済学術員の若田部昌澄教授が答えます。
これが、日本を代表する新聞の編集委員なのでしょうか?
今時インターネットで情報収集している中学生の方がアベノミクスについて正確に理解しているのではないでしょうか?
新聞記者は基本的な本も読まず、インターネットでも調べず、自分の空想の中だけで考えているのではないかと危惧します。
もちろんきちんと仕事をしている記者の方もいるのでしょうが、メディアの責任の重さをもっと重大に考えて欲しいです。
読者としておかしな記事を書いている記者に付いては、きちんと意見を言っていかなければならないようです。
http://www.ustream.tv/recorded/35566961
35分のところから朝日新聞の原真人編集委員が質問し、早稲田大学政治経済学術員の若田部昌澄教授が答えます。
これが、日本を代表する新聞の編集委員なのでしょうか?
今時インターネットで情報収集している中学生の方がアベノミクスについて正確に理解しているのではないでしょうか?
新聞記者は基本的な本も読まず、インターネットでも調べず、自分の空想の中だけで考えているのではないかと危惧します。
もちろんきちんと仕事をしている記者の方もいるのでしょうが、メディアの責任の重さをもっと重大に考えて欲しいです。
読者としておかしな記事を書いている記者に付いては、きちんと意見を言っていかなければならないようです。
http://www.ustream.tv/recorded/35566961
2013年7月9日火曜日
非自己愛vs自己愛
21世紀にとって自己愛という概念はとても大切だと思う。
自己愛とはナルシシズムであるが、「俺ってすごい」という意味ではない。
著しい自尊心の低さをカバーするために、「俺ってすごい」「私って素晴らしい」と思い込まないと生きていけない人たちである。
なぜこのように自尊心が低くなるかと言うと、親から「自分の思う通りの子どもになるんだったら、大切にするよ」という条件付きの愛のもと(自分の思う通りでなかったら大切にしないという事)、「自分の気持ちを尊重された事がない」「自分の気持ちをストレートに出したら、愛してもらえない」という状況で育てられているからである。
そのため、「親の価値観に同化して、人格が形成されている」ため、親と自分の間の境界が曖昧で、その延長線で自分と親以外の他人との境界も曖昧になってしまう。
そうすると、「自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの」になってしまう。
友達の家に遊びに行って、勝手にその家のお菓子を食べてしまう子は要注意である。
それから、自分本来の気持ちを持ってはいけないために、死ぬまで自尊心は低いままである。
自尊心が低いため、批判されると逆ギレする。
また自尊心が傷付くようなことがあると、その事自体がなかったかのように振る舞う。
自尊心を傷つけるような人に対しては、攻撃を仕掛けてくる。
「幸せそうにしている人が目の前にいる」というだけで自己愛の人は傷付くので、相手は何もしていないのに攻撃される。
攻撃された方は、なぜ自分が攻撃されなければいけないのかが分からない。
自己愛の人たちはまた親と同化しているが、同時に親を恨んでいる。
条件付きの愛しか与えず、自分の気持ちを尊重してくれなかった親を、心の中では憎んでいる。
だから、攻撃性も強い。
また、他人も自分の一部であるため、殺して良心の呵責も感じない。
爪を切るのと同じである。
その上攻撃性が強いので、権力を握ったら、必ずいじめるか、虐待するか、虐殺する。
自己愛の人は「親の価値観」に縛られているので、その親の価値観によって、一見違うタイプに育っていく。
自己愛な親が「素直で従順な良い子」を求めていた場合、子どもを支配するタイプの教師か権力を傘に横暴なことをする小役人になる。
自己愛な親が「美しい子」を求めていた場合、外見が美しい割に性格が悪い人になる。
自己愛な親が「才能がある子」を求めていた場合、一見才能があるように見えるが人の役に立とうとしない人になる。
自己愛な親が「反権力、金持ち大嫌い」の場合、常に戦い続ける共産主義者になる?
自己愛な親が「人を支配したい」という気持ちが強かった場合、独裁者か宗教指導者になる?
20世紀は一部の自己愛の人達によって、世界がめちゃくちゃにされた。
「人を支配したい」ヒトラー、スターリン、毛沢東、ルーズベルトによって、どれだけの人が殺されたか?
もちろん日本人の中にも自己愛の人がいた。
日本を共産主義の国、国家社会主義の国にしようとした人達である。
国家総動員体制、特攻隊を作った人達である。
もちろん国や家族を守るために戦った現場の人達は、非自己愛である。
しかし、悲しい事に情報が少ない時代では非自己愛の人達は自己愛の人達にコロッと騙されてしまう。
戦後、教育もメディアも学会も政治も自己愛系の人に占領されていた。
そのためか、自己愛の人達が日本で増殖してしまった。
いじめ、DV、虐待、モラルハラスメント、モンスター何とか、ストーカーなどは全て自己愛の人の自他の境界のなさと攻撃性の問題である。
自己愛の人が自分の低い自尊心に気付いてしまうと、拒食症、過食症、新型うつ病になってしまう。
これらの問題が増えているという事が、自己愛の人が増えているという証拠である。
自己愛の人が親になると子どもも自己愛になる可能性が高いので、また再生産される可能性が高い。
だから、増える自己愛の人達に対抗するためにも、世界の非自己愛の保守主義者が連帯していく必要がある。
韓国の保守派の人達が立ち上がったというニュースを見た。
自己愛の人が多い国にも非自己愛の人達がいるのなら、連帯していきたい。
自己愛の人達を見ていると仮面ライダーに出てくる悪の軍団「ショッカー」を思い出す。
「悪」というのは自己愛の象徴ではないかと思う。
非自己愛である本郷剛と自己愛の「ショッカー」との戦いは、これからの非自己愛vs自己愛の戦いを予言しているのではないだろうか?
ちなみにアメリカのヒーローものは自己愛のヒーローvs自己愛の悪者の戦いのように見える。
インターネットは非自己愛の人達にとって福音である。
自己愛の人達に負けない情報を仕入れ、非自己愛の人たち同士で連帯するために有用である。
自己愛の人は少数でも破壊力がある。
21世紀は非自己愛の人達が自己愛の人達に反撃をする世紀にしたいが、苦戦が予想される。
非自己愛の人達よ、明治維新の時のように連帯しよう!
自己愛とはナルシシズムであるが、「俺ってすごい」という意味ではない。
著しい自尊心の低さをカバーするために、「俺ってすごい」「私って素晴らしい」と思い込まないと生きていけない人たちである。
なぜこのように自尊心が低くなるかと言うと、親から「自分の思う通りの子どもになるんだったら、大切にするよ」という条件付きの愛のもと(自分の思う通りでなかったら大切にしないという事)、「自分の気持ちを尊重された事がない」「自分の気持ちをストレートに出したら、愛してもらえない」という状況で育てられているからである。
そのため、「親の価値観に同化して、人格が形成されている」ため、親と自分の間の境界が曖昧で、その延長線で自分と親以外の他人との境界も曖昧になってしまう。
そうすると、「自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの」になってしまう。
友達の家に遊びに行って、勝手にその家のお菓子を食べてしまう子は要注意である。
それから、自分本来の気持ちを持ってはいけないために、死ぬまで自尊心は低いままである。
自尊心が低いため、批判されると逆ギレする。
また自尊心が傷付くようなことがあると、その事自体がなかったかのように振る舞う。
自尊心を傷つけるような人に対しては、攻撃を仕掛けてくる。
「幸せそうにしている人が目の前にいる」というだけで自己愛の人は傷付くので、相手は何もしていないのに攻撃される。
攻撃された方は、なぜ自分が攻撃されなければいけないのかが分からない。
自己愛の人たちはまた親と同化しているが、同時に親を恨んでいる。
条件付きの愛しか与えず、自分の気持ちを尊重してくれなかった親を、心の中では憎んでいる。
だから、攻撃性も強い。
また、他人も自分の一部であるため、殺して良心の呵責も感じない。
爪を切るのと同じである。
その上攻撃性が強いので、権力を握ったら、必ずいじめるか、虐待するか、虐殺する。
自己愛の人は「親の価値観」に縛られているので、その親の価値観によって、一見違うタイプに育っていく。
自己愛な親が「素直で従順な良い子」を求めていた場合、子どもを支配するタイプの教師か権力を傘に横暴なことをする小役人になる。
自己愛な親が「美しい子」を求めていた場合、外見が美しい割に性格が悪い人になる。
自己愛な親が「才能がある子」を求めていた場合、一見才能があるように見えるが人の役に立とうとしない人になる。
自己愛な親が「反権力、金持ち大嫌い」の場合、常に戦い続ける共産主義者になる?
自己愛な親が「人を支配したい」という気持ちが強かった場合、独裁者か宗教指導者になる?
20世紀は一部の自己愛の人達によって、世界がめちゃくちゃにされた。
「人を支配したい」ヒトラー、スターリン、毛沢東、ルーズベルトによって、どれだけの人が殺されたか?
もちろん日本人の中にも自己愛の人がいた。
日本を共産主義の国、国家社会主義の国にしようとした人達である。
国家総動員体制、特攻隊を作った人達である。
もちろん国や家族を守るために戦った現場の人達は、非自己愛である。
しかし、悲しい事に情報が少ない時代では非自己愛の人達は自己愛の人達にコロッと騙されてしまう。
戦後、教育もメディアも学会も政治も自己愛系の人に占領されていた。
そのためか、自己愛の人達が日本で増殖してしまった。
いじめ、DV、虐待、モラルハラスメント、モンスター何とか、ストーカーなどは全て自己愛の人の自他の境界のなさと攻撃性の問題である。
自己愛の人が自分の低い自尊心に気付いてしまうと、拒食症、過食症、新型うつ病になってしまう。
これらの問題が増えているという事が、自己愛の人が増えているという証拠である。
自己愛の人が親になると子どもも自己愛になる可能性が高いので、また再生産される可能性が高い。
だから、増える自己愛の人達に対抗するためにも、世界の非自己愛の保守主義者が連帯していく必要がある。
韓国の保守派の人達が立ち上がったというニュースを見た。
自己愛の人が多い国にも非自己愛の人達がいるのなら、連帯していきたい。
自己愛の人達を見ていると仮面ライダーに出てくる悪の軍団「ショッカー」を思い出す。
「悪」というのは自己愛の象徴ではないかと思う。
非自己愛である本郷剛と自己愛の「ショッカー」との戦いは、これからの非自己愛vs自己愛の戦いを予言しているのではないだろうか?
ちなみにアメリカのヒーローものは自己愛のヒーローvs自己愛の悪者の戦いのように見える。
インターネットは非自己愛の人達にとって福音である。
自己愛の人達に負けない情報を仕入れ、非自己愛の人たち同士で連帯するために有用である。
自己愛の人は少数でも破壊力がある。
21世紀は非自己愛の人達が自己愛の人達に反撃をする世紀にしたいが、苦戦が予想される。
非自己愛の人達よ、明治維新の時のように連帯しよう!
2013年7月6日土曜日
自己愛とイデオロギー
自己愛という概念とイデオロギーの関係について論じてみたい。
自己愛傾向の強い人は名前と矛盾して自分に対しても他人に対しても「愛」がない。
つまり親から「大切にされていた」「自分の気持ちをわかってもらえていた」経験がないために、「愛」を知らずに育ってしまった人たちである。
非自己愛の人は親からの「愛」を知って育ったため、自分も他人も愛する事ができる。
この概念とイデオロギーの関係である。
非自己愛のイデオロギー
保守主義
自己愛のイデオロギー
共産主義
ファシズム
新自由主義
非自己愛の保守主義は「家族愛が強い」。
そのため、祖先に対する愛情も強い。
そうすると万世一系の天皇に対しても、愛着と尊敬の念を有する。
自分も他人も尊重するので、人をこき使ってまでとか、騙してまでお金を稼ごうとはしない。
だから、大金持ちはほとんどいないが、他人の役に立ちたいという気持ちももっているため、それなりにお金を稼ぐ事ができるため、中産階級に所属する事が多い。
自分の人生にある程度満ち足りているため、日本の場合平時には「サイレントマジョリティ」となりやすい。
しかし有事には、「家族を守るため」に立ち上がる。
明治維新の志士には保守主義者が多い。
現在保守主義者が日本全国で活動を開始している。
自己愛傾向の共産主義者が一番嫌いなのが「保守主義者」である。
家族仲良く幸せそうに暮らしている人を見ると「得られなかった親の愛」を思い出し、はらわたが煮えくり返るほど妬みの感情が沸き、攻撃したくなる。
その究極の手段が「革命」である。
自己愛の人たちは嘘をつくことも騙す事も何の良心の呵責を感じる事はない。
自己愛の人たちにとって、他人は自分の一部である。
自分の一部である他人を傷つけても、痛くも痒くもない。
「金持ち」を憎んでいるため、あえてお金は稼がない。
そのため、お金を使わない戦いが好きである。
つまり、謀略、情報戦である。
この人たちは普段劣等感の固まりであるため、権力を握ったときの横暴ぶりは最高である。
他人は自分の一部なのでいくら殺しても、まったく気にならない。
そのために大東亜戦争は起こされ、多くの人が死ぬ事になった。
本当に許せない人たちである。
そのくせ、未だに「反戦」「平和」「人権」という自分たちが一番できないことを主張している。
一番人権を蹂躙し、一番多くの人を殺しておいて、嘘をつくな!
もし共産主義者を名乗るなら、まず全世界の人に謝罪しろ!
次に自己愛のファシストは、ヒトラーが典型的である。
現在金正恩がその後を追おうとしている?
独裁者とそれを取り巻くエリートが、国民を騙し、独裁者を偶像化し、そして常に敵を作って国民を支配し続ける。
誇大的な偶像はまさに「自己愛」である。
しかし、平和な状態はファシストにしては脅威である。
敵がない状態は「正体がばれる」最大の危機なのである。
だから、常に敵を作っている状態が続くので、いつかはその敵に滅ぼされる。
最後に自己愛の新自由主義者である。
この人たちは「お金が全てである」。
「愛」の存在を認めていないので、「世の中にお金で買えない物はない」と信じている。
自分以外の人は、こき使ってお金を稼がせるか、お金をむしり取るか、だまし取るものと考えている。
大企業の経営者、金融で儲けるヘッジファンドの人、シカゴ学派の学者などが当てはまる。
人を人と思っていたら、大金を稼ぐことはできない。
自由貿易を推進している人は、「自分さえ儲かれば良いので、他国の文化が破壊されようが全く気にしない」。
自己愛の人たちは非自己愛の人の気持ちはさっぱりわからないが、同じ自己愛の人の気持ちは良く分かる。
だから、共産主義者は新自由主義者の気持ちがよくわかる。
お金持ちは自分と同じ「愛のない人たち」だと思っている。
共産主義者は経営者や管理職の人たちが全員新自由主義者だと勘違いしている。
保守主義の小金持の経営者や管理職の人たちが実は「愛のある優しい人たち」であることを理解できないが、何となく見ていてむかつくので、共産主義者が権力を握るとそれらの人たちを新自由主義者共々殺してしまう。
それがスターリンの粛正や毛沢東の文化大革命、ポルポトの大虐殺である。
ファシストと共産主義者はなぜかお互い嫌い合うが、やっていることはほとんど同じである。
自己愛の人たちは自分に似ているからと言って仲が良くなる訳ではない。
逆に張り合ってしまうのかもしれない。
いずれにしても、自己愛のイデオロギーは自分も他人も破壊する。
誰も幸せにすることはない。
自分も他人も愛する事ができないのはとても不幸なことであるが、このような人たちが社会で権力を握ると大変なことになる。
今こそ保守主義者が立ち上がり、自己愛のイデオロギーを根絶はできなくても、その影響力を最小限度に抑えよう!
安倍首相は保守主義者の筆頭である。
安倍首相はおそらく首相の座を降りるまで、暗殺の対象になりうる。
皆で安倍首相を守ろう!
自己愛傾向の強い人は名前と矛盾して自分に対しても他人に対しても「愛」がない。
つまり親から「大切にされていた」「自分の気持ちをわかってもらえていた」経験がないために、「愛」を知らずに育ってしまった人たちである。
非自己愛の人は親からの「愛」を知って育ったため、自分も他人も愛する事ができる。
この概念とイデオロギーの関係である。
非自己愛のイデオロギー
保守主義
自己愛のイデオロギー
共産主義
ファシズム
新自由主義
非自己愛の保守主義は「家族愛が強い」。
そのため、祖先に対する愛情も強い。
そうすると万世一系の天皇に対しても、愛着と尊敬の念を有する。
自分も他人も尊重するので、人をこき使ってまでとか、騙してまでお金を稼ごうとはしない。
だから、大金持ちはほとんどいないが、他人の役に立ちたいという気持ちももっているため、それなりにお金を稼ぐ事ができるため、中産階級に所属する事が多い。
自分の人生にある程度満ち足りているため、日本の場合平時には「サイレントマジョリティ」となりやすい。
しかし有事には、「家族を守るため」に立ち上がる。
明治維新の志士には保守主義者が多い。
現在保守主義者が日本全国で活動を開始している。
自己愛傾向の共産主義者が一番嫌いなのが「保守主義者」である。
家族仲良く幸せそうに暮らしている人を見ると「得られなかった親の愛」を思い出し、はらわたが煮えくり返るほど妬みの感情が沸き、攻撃したくなる。
その究極の手段が「革命」である。
自己愛の人たちは嘘をつくことも騙す事も何の良心の呵責を感じる事はない。
自己愛の人たちにとって、他人は自分の一部である。
自分の一部である他人を傷つけても、痛くも痒くもない。
「金持ち」を憎んでいるため、あえてお金は稼がない。
そのため、お金を使わない戦いが好きである。
つまり、謀略、情報戦である。
この人たちは普段劣等感の固まりであるため、権力を握ったときの横暴ぶりは最高である。
他人は自分の一部なのでいくら殺しても、まったく気にならない。
そのために大東亜戦争は起こされ、多くの人が死ぬ事になった。
本当に許せない人たちである。
そのくせ、未だに「反戦」「平和」「人権」という自分たちが一番できないことを主張している。
一番人権を蹂躙し、一番多くの人を殺しておいて、嘘をつくな!
もし共産主義者を名乗るなら、まず全世界の人に謝罪しろ!
次に自己愛のファシストは、ヒトラーが典型的である。
現在金正恩がその後を追おうとしている?
独裁者とそれを取り巻くエリートが、国民を騙し、独裁者を偶像化し、そして常に敵を作って国民を支配し続ける。
誇大的な偶像はまさに「自己愛」である。
しかし、平和な状態はファシストにしては脅威である。
敵がない状態は「正体がばれる」最大の危機なのである。
だから、常に敵を作っている状態が続くので、いつかはその敵に滅ぼされる。
最後に自己愛の新自由主義者である。
この人たちは「お金が全てである」。
「愛」の存在を認めていないので、「世の中にお金で買えない物はない」と信じている。
自分以外の人は、こき使ってお金を稼がせるか、お金をむしり取るか、だまし取るものと考えている。
大企業の経営者、金融で儲けるヘッジファンドの人、シカゴ学派の学者などが当てはまる。
人を人と思っていたら、大金を稼ぐことはできない。
自由貿易を推進している人は、「自分さえ儲かれば良いので、他国の文化が破壊されようが全く気にしない」。
自己愛の人たちは非自己愛の人の気持ちはさっぱりわからないが、同じ自己愛の人の気持ちは良く分かる。
だから、共産主義者は新自由主義者の気持ちがよくわかる。
お金持ちは自分と同じ「愛のない人たち」だと思っている。
共産主義者は経営者や管理職の人たちが全員新自由主義者だと勘違いしている。
保守主義の小金持の経営者や管理職の人たちが実は「愛のある優しい人たち」であることを理解できないが、何となく見ていてむかつくので、共産主義者が権力を握るとそれらの人たちを新自由主義者共々殺してしまう。
それがスターリンの粛正や毛沢東の文化大革命、ポルポトの大虐殺である。
ファシストと共産主義者はなぜかお互い嫌い合うが、やっていることはほとんど同じである。
自己愛の人たちは自分に似ているからと言って仲が良くなる訳ではない。
逆に張り合ってしまうのかもしれない。
いずれにしても、自己愛のイデオロギーは自分も他人も破壊する。
誰も幸せにすることはない。
自分も他人も愛する事ができないのはとても不幸なことであるが、このような人たちが社会で権力を握ると大変なことになる。
今こそ保守主義者が立ち上がり、自己愛のイデオロギーを根絶はできなくても、その影響力を最小限度に抑えよう!
安倍首相は保守主義者の筆頭である。
安倍首相はおそらく首相の座を降りるまで、暗殺の対象になりうる。
皆で安倍首相を守ろう!
2013年7月3日水曜日
ウイグル人を救え!
ファシズムの党「中国共産党」の人民解放軍によってウイグル人が虐殺されている。
早くウイグル人を「解放」して欲しい。
中国共産党は確かファシズムが嫌いだったはずである。
ミイラ取りがミイラになっているのか、ファシズム嫌いがファシストになっている。
下層民が権力を奪取して独裁政治を行うのが共産主義、独裁者がエリートと共に独裁政治を行うのがファシズム。
誰が権力を握るかだけの違いで、権力を握ってしまえば、やることは同じの双子のイデオロギー。
まず自らの憎むべきファシズムを倒し、新たなファシズム国家を作って欲しい。
あっ、間違えた。
民主国家を作って欲しい。
でも強力な権力を握る事が困難な民主国家はいやかなあ。
ところで、中国ではATMからお金が引き出せなくなっていると聞いたけど、今は大丈夫なのだろうか?
とりあえず、日本の沖縄もウイグルのようにならないように、がんばらなければ。
早くウイグル人を「解放」して欲しい。
中国共産党は確かファシズムが嫌いだったはずである。
ミイラ取りがミイラになっているのか、ファシズム嫌いがファシストになっている。
下層民が権力を奪取して独裁政治を行うのが共産主義、独裁者がエリートと共に独裁政治を行うのがファシズム。
誰が権力を握るかだけの違いで、権力を握ってしまえば、やることは同じの双子のイデオロギー。
まず自らの憎むべきファシズムを倒し、新たなファシズム国家を作って欲しい。
あっ、間違えた。
民主国家を作って欲しい。
でも強力な権力を握る事が困難な民主国家はいやかなあ。
ところで、中国ではATMからお金が引き出せなくなっていると聞いたけど、今は大丈夫なのだろうか?
とりあえず、日本の沖縄もウイグルのようにならないように、がんばらなければ。
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