おそるべき思想病。
非常時局読本 海軍少将 真崎勝次著
慶文社 昭和14年3月15日発行
20ページより
五、色盲と同じ思想病患者
思想の病に侵されるとちょうど色盲になったのと同様で、自分では一向病気である事を認識せず、紫を見て赤と信じ、黒い物を紫と信じ切るように、それと同様に誤った考えを持ち、しかも自分が正しいと信ずるところに思想病の非常な危険性があるのである。一堂に集まって同じ話を聴いていても、その理解と解釈は異なるのである。思想の違う者は実は観念上全く別々の世界に住んでいるのである。ある者は月の世界に住んでいるような観念を持ち、またある者は地球に住んでいるという観念を持っている、そしてその自分の観念を土台として全てを考え、全てを判断し、また物の正邪曲直をも判断して行くのであるから、つまり観念上全然別々の世界に住んでいる訳である。故にどうしても事物に対する考えの合い様がない。そこで意見が衝突するのが当然である。しかも自分の考えばかりが正しくて他人のが間違いに見える。つまり自分が色盲であることに気が付かないで、赤だ紫だと喧嘩をしているのと全く同様であって、しかも正しい眼の人が少なくて色盲の方が多いと正しい者の方が悪人だとしてしまわれるのである。今日の日本は思想的に色盲の者が非常に多いのであるから、自然善悪が反対に見られている事が頗る多い。先ずこれらの者を思想病院に入院せしめて自分が色盲である事を自覚させる事が絶対に必要である。
現在日本人の中にはいわゆる黒い眼鏡を掛けてファッシズムを正しい思想と信じ切って、不知不識の中にドイツ人やイタリア人になり切って精神的の戸籍はかの国に転籍している者がある。また赤い眼鏡を掛けてこれが正しい人の道だと信じ切って、あたかもロシア人の気持ちで日本に住んでいる者もある。あるいは緑の眼鏡を掛けて、これが一番正義だと考えて、イギリスやアメリカやフランスに住んでいるのと同様の気持ちを持って、日本に住んでいる者をある。また一方には正しい白い眼鏡を掛けて日本精神の下に正しい観念と信念とを持っている者もある。そうしてこの人々が卍巴になって思想的に戦っているのである。しかも各々は自分が色眼鏡を掛けて世の中を見ていることに気が付かないから喧嘩になり、非常時になるのである。各々が自分は色眼鏡を掛けている、自分は色盲であるということに気が付いて、即ち日本国体の本質の閃きを感ずると反省というものがそこに生じて来て、それで互いに一致点を持ち得るようになるのである。先ず思想の正しい方に引き戻さなければ即ち統制しなければ色々のことを話して見た所で二つの平行線と同じことで何時まで話をしたって意見の合うことはない。平行線が何処まで行っても合致点がないと同じように、思想の違った人間は何処まで話して見た所で、考えの根本が違っているのであるから合致するということはないのである。
大震災の時分に大杉栄の妻君だったか、あれが憲兵隊に喚ばれて調べられた時に「あなた方と私共は思想が違うから考え様が百八十度違っております。あなた方が正しいとお思いになることは私共から見れば正しくない。あなた方が悪いと思っておられることは私共から見れば正しいのです。そういう訳でありますから、何ぼ話してもお分かりになりますまい」ということを言ったそうであるが、そういう風に思想の根底が違っていると、考えというものは一つも合わない。人の考えの根底を支配しているものが思想であるから、その思想に、即ち根底に間違いがあると何を言っても間違って来るのである。それであるから日本精神がなければ今日の全ての出来事に就いて日本人としての正しき判断、正しき認識理解をなし得ないので、あるいはロシア人式にあるいはイタリア人式にあるいはイギリス人式に物を判断し理解し、それを正なりと信ずる様になり、国内の出来事に対して正邪曲直の違った判断をするので世の中は混乱に陥いるのである。それで一番最初にまた絶対に統制しなければならぬものは産業より何より先ず思想なのである。さすれば他の事は全部派生の事項であって、漸次に統一されて来るのである。全く思想病者は自分で思想病に罹っている事に気がつかずして、無病の者を悪思想と思っているのであるから一番危険で困るのである。
続く
恐るべき思想病は現在も罹患している人が大勢いる。
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