2016年7月10日日曜日

帝国憲法制定の精神 一

今日は参議院選挙が行われます。
改憲勢力が3分の2になるかどうかと新聞紙上には書かれていますが、安倍首相は帝国憲法を作った井上毅、金子堅太郎、伊藤博文、伊東巳代治らと同等の憲法観を持っているのでしょうか。
帝国憲法の精神を知るために、金子堅太郎の講演の内容が書いていあるこの本を連載します。
ぜひ、帝国憲法について、一緒に勉強しましょう。

金子堅太郎著
「帝国憲法制定の精神、欧米各国学者政治家の評論」
文部省、昭和10年8月発行

本書は昭和10年7月中旬本省憲法講習会に於ける金子堅太郎伯爵の「帝国憲法制定の精神、欧米各国学者政治家の評論」と題する講演の速記を伯爵の訂正補筆を経て上梓したる者なり。
昭和10年8月
文部省


私は松田文部大臣のご招待に依って、本席で「帝国憲法制定の精神、欧米各国学者政治家の評論」という問題に就き、諸君にお話しする約束を致しました。然るに中途にして
、昨年の大患以来の主治医の人々が、この炎暑の際に講演するということは見合わせてくれいうことで、文部大臣にもお断りを致したけれども、一度諸君にご通知になっているから、1日でもよろしいから来てくれということでありました。依って主治医の承諾を得て一日だけ罷りでることとなりました。然るに最初は二日ということにお約束を致しましたけれども一日になりましたにより、内容を省略しなければならぬことになりました。この事はお断りを申して置きます。なお日取りのことも昨日になってやむを得ざる事故があって、今日にお願い致しました。これも誠に皆さんに対してお気の毒に存じます。それから実は起立して講演すべきでありますけれども、主治医の注意があったに依って、文部大臣のご厚意に依り着席のままで宜しいということでありますから、着席して講演を致します。これもまたご了承を願います。
 さて今回松田文部大臣においては憲法講習会をお催しになりました、諸君をお招きになり、国体を明徴にする御会同であるから私にも罷り出るようにいうご依頼があった。依って国体を明徴にするにはまづ日本憲法の由来をお話することが最も必要と存じます。これ日本の憲法は国体に基づいて起草されているからである。これより私は我が国の憲法と国体の関係についてお話を致したいと思います。
 帝国憲法は叡聖文武にあらせられる 明治天皇の偉大なる叡慮を奉戴して、伊藤公が日本の歴史と国体を調べ、また海外各国の憲法を調査して、起草せられたるものであることは、諸君のご承知の通りである。伊藤公は一度大命を拝するや、その起草の方針を井上毅、伊東巳代治及び私の三人に示され、我々が起草して後四人相集まってこれを精査熟議した結果、伊藤公がその草案を闕下に捧呈せられ、次いで枢密院が創設せられ、その会議を経て発布せられたるものである。故に実は国体と憲法の関係についてこの席に出て講演をせられるべき適当は人は、伊藤公である。然るに伊藤公はハルピンに於いて兇徒の毒弾に倒れ、その次にはこの任を尽くすべき人は井上毅であるが、これを先年亡くなり、伊藤、井上の両氏を除いたならば伊東巳代治でありますが、この人も昨年逝去して、今はこの世にはなく、残る者はただ私一人であります。それで伊藤公を初め同僚の二人が、今もなおこの世にあったならば、今日この席に出て私より以上に明確なる説明をすることであろうと思いますけれでも、それらの人々は最早この世にあらずして私がわずかに生き残っておるのみである。しかもその私も昨年の大患でほとんど医師も絶望しておったくらいでありましたが、幸いにも奇跡にも回復いたしまして、残存しておるから、この席に於いて、憲法と国体の関係についてお話をすることは、残存者の義務と考えまして私が御請を致した訳であります。ご承知の通り憲法制定の由来については長い歴史があって、中々一場の講演では終わらなけれどもその要領のみを極めて簡単にお話し致しましょう。
 そもそも我が日本の憲法は、日本に二千五百年有余年継続している国体というものに基いてできたのであって、欧米諸国の憲法の如く帝王の圧迫に堪えずして貴族と人民が鉾(ほこ)を逆さまにして帝王に迫った結果できた憲法とは違う。また欧米諸国の如く人民が自由民権を主張するために帝王に迫って制定せしめたのでもない。全く 明治天皇の遠大なる思し召しに依って欽定せられたる憲法であるから外国の憲法と日本の憲法とを併せて同一の理論をもって解釈することはそもそも誤っていると私は確信する。しかし私が今日この演壇に登ってこの講演をするのは、徒らに政治の渦中に投じて政治問題につきかれこれ論議する意思を持っているからではない。また日本の憲法学者の誤謬を非難攻撃するような目的でもない。ただ 明治天皇の叡慮を奉戴して、伊藤公が我々に憲法の起草を命じられたのであったから、その憲法制定の精神をお話するのみである。私は何の私心もなく、ただこれから申し述べることは憲法制定の由来であって、全く事実そのままのお話を致すのである。憲法発布以来世には日本の歴史も知らずまた国体も弁えず、徒らに欧米の憲法の理論にのみ依って日本の憲法を解釈しようとするもののあるのは、一人日本憲法の精神を理解し能わざるのみならず、これを誤るものと私は信ずるものである。

次回に続きます。